保健婦の眼
結核と迷信
淡島 みどり
pp.49-50
発行日 1953年10月10日
Published Date 1953/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200614
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「北鮮勝利のもく祷,拍手」を許したのが良いとか惡いとか,又,ソ連船「ラズエズノイ号」の捕獲などをめぐってセンセイシヨナルな事件の相つぎやかましい都会を後に,まっしぐらにやつて来たのが信州のF温泉である.山うぐいすの聲と岩間を流れる清水の音仄かな硫黄のにおいと時々おとずれる山のしゆう雨の他には音らしい音もしない.ラヂオの騒音に日ごろなやまされている私にとつては,海抜1,700米の高原はまことに靜寂で快適である.晴天ならば眺められるはずの北アルプスの勇姿がくもりがちな天気のためみられないのがただ一つ残念なことである.
わずかの湯治客,それも家族づれが多く,それにまじって附近山ろくの老人達が日帰りの入浴をたのしみにくる位のものである.晝間から溪間をわたるうぐいすのこえをききながら湧出豊富な湯ぶねにひたつていると俘世のくさぐさもすつかり忘れ去りただぼんやりとしてしまう。こんな2,3日がつづいたある日,ふといつもの我にかえらせられる事を耳にはさんだ.ある晝ごろひとり湯をたのしんでいるとき,ふもとの部落から3人づれの老婆が何か笑いながら入つてき,先客の私に一寸あいさつをすると—それからね—とお湯につかりながら得意げに話していることにおどろかされた.話によるとどうやらこの老婆の孫の男の子が結核らしい.
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