グラフ
この子らは「愛が何か」を教えてくれる—重心児施設〈おおぞらの家〉の看護
岩下 守
,
本誌
pp.906-911
発行日 1980年9月1日
Published Date 1980/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661922681
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死病と忌み嫌われ,迫害されていた結核患者のために,長谷川保(現聖隷福祉事業集団協議会議長)ら数名のクリスチャンによって,1930(昭和5)年バラックの病舎が浜松の地に建てられた.現在その活動は,施設,病院学校などに広がっているが,患者の残飯を煮返して食べることもあった草創期の奉仕者たちの,病む人のために身も心も投げ出したいとの思いは,今もなお聖隷で働く人々の心に流れている.〈おおぞらの家〉(園長・金井進)は,この聖隷福祉事業団の・施設として,1973年に建てられた.
見えない目,萎えた手足,いくら呼びかけても言葉を返さない日。重心児病棟で働く看護婦にとって,時には空をつかむような思いにとらわれることもある.しかし,ここの子供たちは何と豊かな反応をしてくれることだろう.看護婦は何と豊かな語りかけをしているのだろう.
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