特集 精神病者と入院・2—精神科諸施設の存在と意味
座談会‘精神科諸施設の存在と意味’を読んで
浜田 晋
1
1浜田クリニック
pp.1054-1058
発行日 1980年10月1日
Published Date 1980/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661919063
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地域精神医療をテーマとした座談会に,精神科診療所の立場から出席してほしいというご依頼をうけながら,その日がちょうど健康保険の請求事務の最も多忙な日だったので,出席できず残念でした(座談会のなかでもどなたかが‘地域の中の精神科診療所が今後,精神医療を考える時重要な役割をもつようになるだろうが,健保制度に大きな問題がある’とおっしゃっておられるように,開業医は月末から月初めにかけては,その繁雑な事務処理のため全く自由を奪われ,身動きができなくなります).従って座談会が終わった後,そのゲラ刷りを見てコメントをするように,という難題が与えられてしまうはめになったのです.
座談会に直接参加して発言するのとは全く違い,これはたいへん難しい仕事だった—しまった!と今感じています,類推するならば,地域で何かの動きがあって,それとは別のところに“精神科医”がいて,あとから‘あーでもない,こーでもない’と適当な理由をつけて,その動きを批評するような無意味なことと同じようになりはしないか,と思ったりするのです.どうしたものか,とずいぶん迷いました.座談会の動きだってあとで文字で読むのと,5入の方がたの顔や見ぶりや話し方を見ながら感じとるのとでは違うでしょう.だから,私のこれからのコメントは,大いにこのような限定性の中でしか言えないということを,初めに了承しておいてほしいのです.
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