特集 患者の反応をとらえられない時
患者からの一瞬のサインを手がかりにして
福田 照子
1
1東京都立世田谷リハビリテーションセンター
pp.934-939
発行日 1979年9月1日
Published Date 1979/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661918766
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はじめに
準夜の出勤途上のある日の出来事だった.駅の改札口を出て,行きかう人ごみの中で,思わず私は足を止めてしまった.かつて私が勤務していた病院の患者であるAさんが,小首をかしげながら歩いている.‘離院かしら’という思いが一瞬頭の中をよぎる.が,その思いは,すぐ否定された.通りすぎるAさんの後ろ姿には,のびやかな,ゆったりした雰囲気が漂っていたから……
また別の日,やはり同じ病院のBさんが金網の塀にくっつくように体を横向きに,彼特有の指を動かす仕草を以前と変わらずに続けながら歩いている.‘Bさん’と,思わず声をかけたが,Bさんからの返事はなく,チラッと横目で見ながら,何もなかったかのように通り過ぎていってしまった.私の脳裏に浮かんでくるBさんは,冬の寒い時でも(当時,古い建て物で暖房はなかった)水道の蛇口から流れてくる手が切れるような冷たい水に,黙々と3本の指を当てがい動かしているので,Bさんの手は凍傷ができていた.何度働きかけても‘ウーン’と声をあげ,テコでも動こうとしない姿,運動会の帰りにはぐれてしまい,スタッフ全員で捜し回ったことなどが思い出される.
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