グラビア
ずいひつ—期待
柏原 兵三
pp.110-111
発行日 1971年4月1日
Published Date 1971/4/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661916004
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私は小学校6年の時に終戦を迎えた。従って中学に入学したのは敗戦の翌年である昭和21年である。戦争中は本は買えないに等しかったから、2人の兄が昔買ってもらった小説や雑誌を読んだ。それらを読み終ると友だちから片端から借りた。冒険小説、探偵小説、少年講談、少女小説から大人の講談に至るまで読んだ。それから古いバックナンバーの少年倶楽部を読んだ。しかし少年倶楽部は連載物が多かったから、本になったのを読めた小説は別として、大抵その一部を読むことができたに過ぎない。その前はどうなのか、その後はどうなるかは、空想して自ら補うよりほかなかった。同じく本好きな友だちとよく自分で空想して補った筋を話し合ったが、しかしそれでは本当に満足できなかった。現物が読みたくてしようがない。中毒症の一種の禁断症状のように、実際には出版されていて存在しながら手に入らない本を憧れて止まなかった。それらの本は幻の本として、恋する少女のように、私の頭にいつもあった。
中学校に入ってからあの時隣の席の同級生にその幻の本(5冊あった)の題名を喋ったことがある。すると彼はそれらの本を全部持っているというではないか。彼の兄が本好きで、その当時出た本を全部買ってもらい、しかも戦災に遭わずに済んだ、それらの本を、最近兄からゆずられた、だからよかったら君に貸して上げるよ、と彼はいったのである。私は夢かと思った。
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