なでしこのうた
真実の愛を選ぶ
塩沢 美代子
pp.141
発行日 1971年2月1日
Published Date 1971/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661915942
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関西にもときに雪のふる季節になると,香代ちゃんは遠い故郷を想い出す。山形県のローカル線で朝日連峰の山ふところ深くはいった実家の村は,今頃はすっぽりと雪に埋れて静まりかえっているだろう。それとは対称的な工業都市の社宅に住みついてからはや10年をこす。年老いた両親の存命中は,無理してもときどき帰ったが,2人ともすでにいない今は,まさに「ふるさとは遠くにありて想うもの」になった。しかしスモッグの下で,経済成長の手垢のついていない豊かな自然がこのうえなくなつかしい。しかし冬のきびしさは格別だった。
兄も姉も中学だけで働きに出たのに,末子で成績のよかった香代子ちゃんは高校へ出してもらった。いま思うと,自分のときだって高校へ行ける状況ではなかったのに,貧しさゆえにいずれもできのよかった,おおぜいの子どもの進学を許さなかった世の中への反抗みたいな気持が,親や兄姉をして無理をさせたのだという気がする。だから本人も苦労はした。ふつうは高校のある町へ下宿して通うのだが,そうなると経費がかさむ。香代ちゃんは真冬も踏みあと以外は胸や首までつかってしまう雪の道を日に数本しかない汽車で通った。あのつらさも今はなつかしい思い出だ。
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