なでしこのうた
精薄児に生きる
塩沢 美代子
pp.121
発行日 1971年1月1日
Published Date 1971/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661915903
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気候のいいS県の一画,だだっ広い丘陵地の素朴な自然のなかにK学園がある。そこには自然のままに生きる子どもたち,世の基準からは重度精薄児と呼ばれる子どもたち60人が暮らしている。そのうち話のできるのは2〜3人だし,盲・ろう・肢体不自由の子もいるから,園長夫妻以下全職員30名,2人の子どもに1人のおとながいりまじって,朝から晩までいっしょうけんめいに生きている場所である。
およそ人間と生まれた者にとってもっとも不幸な条件が60人分も集まっているのだし,とかく施設と名のつくところはどこかもの悲しさが漂うものだが,この学園は不思議に明るく,いつもおもちゃ箱をひっくり返したような活気にわいている。子どもたちの奇声も奇行も,建物全体で奏でる陽気でユーモラスな協奏曲の一楽器のような感じだ。それはおもらしした子のパンツをとりかえたり,食卓の下一面のご飯粒の海を片づけたり,裸でおんもに出たがる18歳の少年と格闘したりして走りまわる若い職員たちが,ちっとも深刻な顔をしていないからかもしれない。その最たるものがここの園長さんである。じゃがいものような顔して実に愉快そうによく笑う園長さんにいわせると,「私たちは子どもたちの基本的人権を守ろうとか,生命の尊重,人格の尊厳とかいう肩いからした意識で毎日の仕事をしているわけではない。
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