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“看護学生は労働力である”
升田 嘉勝
1
1京大看護学校
pp.66-67
発行日 1960年3月15日
Published Date 1960/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661911065
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一体,我々看護学生を世の看護婦さんは如何に考えているのだろうか。1年生の戴帽式が終ると病舎実習がはじまる。基礎看護で学んだこと,体得したことを実際に応用せんものと期待に胸ふくらませながら実習に行く。しかし1月たち2月経つうちにそれは失望と不満に変つてくる。それはどうして出てくるのだろうか,何がそうさせるのか。それは看護婦さんの看護学生に対する考え方が根本的に間違つているからだと思う。そうでないとしたら,新しい看護教育制度下における看護学生に対する認識の不足からくるのだろう。とにかく実習先の看護婦さんは学生を“労働者視”している。無給で働らく看護婦であると見做している。看護婦のシステムの中に組入れ,使わなければ損だと言わんばかりの態度で学生を追いまくる。そこでは看護婦の忙しさ看護力の低下のカバーのために公然と学生を使つている。
我々は一体何をしに病舎へ出かけているのか,2年生になると1週間の授業時間数の半分が又3年生になるとその80%が実習という名目の労働が課せられている。それがいい証拠には学生のことを「あんな人来ても何も役に立たへん」だの,患者さんの所で話し合つていると,「あんた何してんの,早う働かなあかんがな,怠けていたら主任さんに怒られるえ」だの数えあげれば切りがないが,上記の様な言葉の中にありありと我々を労働者扱いしていることがうかがえる。
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