連載 臨床の詩学 対話篇・10
決壊
春日 武彦
1
1成仁病院
pp.74-81
発行日 2010年9月1日
Published Date 2010/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661101690
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翻訳家と作家を兼ねている人で、もう亡くなってしまったが、雑誌にその人の書斎が図解で示してあるのを見たことがあった。著名人というほどの人でもなかったのに、どうしてわざわざ公開されることになったのだろう。「イラスト・ルポ」といった扱いで紹介されていたのである。
その人物はことさら変人だったわけではない。逸話や伝説もない。しかし添えられたイラストおよび解説によると、彼の本棚にある本はすべて紀伊國屋書店の包装カバーが被せられている。したがって、背表紙を見ても、少なくとも他人には何の本であるのかまったくわからない。書棚の中身が全部そうなっているのはなかなか壮観で、現代アートのようにすら見える。広辞苑だとかランダムハウスとか、そういった辞書類はさすがに厚過ぎ、書店のカバーを掛けていると使いにくいだろう。そうしたものは、「道具」として机の脇に積んであるのだった。とにかく書棚に収められた本は、一冊残らず同じ書店のカバーに覆われている。
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