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市役所に行った.目的の課のカウンターで用件を伝え,順番待ちの番号札を渡された.自分に順番が回ってきたら,渡された番号札に書いてある番号が呼ばれる.それを確認してカウンターに行けばいい,ということだ.私は,耳が聴こえない.自分の番号が呼ばれても,わからない.私はカウンターの職員に,言った.
「私は耳が聴こえませんので,呼ばれてもわかりません.あのあたりにいますので,呼びにきていただけますか?」
「わかりました」と職員は答えた.そして私は,「あのあたり」に移動した.
どうしたのかな?
順番待ちをしている他の市民たちの視線が妙な感じだ.カウンターのあたりに視線をやり,次いで私の周囲に視線を運んでいる.視線が,カウンターのあたりと私の周囲の2点を往復している.何とはなしに市民たちの視線を追って,カウンターのあたりを見て,……仰天した.
「〇〇番さーん! ヤマウチさーん!」
カウンターの職員が,デッカイ声で呼んでいた.私の番号と,私の名前だ.
マジかよ!
職員と目が合った.職員は,嬉しそうな顔をして,私を大きく手招きした.
「ヤマウチさーん! できましたよー」
トボトボとカウンターに向かって歩きだす私を,市民たちが怪訝そうな顔つきで見ていた.
手続きをしながら,カウンターに敷いてあるデスクマットに目をやった.そこには,1枚の紙がはさまれていた.
「ご希望の方に,呼出バイブレータをお渡ししています.ご利用になりたい方は,職員に申し付けてください」
呼出バイブレータ置いてるの? あるならそうと言ってくれればいいのに.
耳の聴こえない利用者にとって,呼出バイブレータは非常に便利なものだ.順番が回ってきたら,番号を呼ばれる代わりに,呼出バイブレータがブルブルと振動で教えてくれる.その振動を確認して,カウンターに向かえばいいのである.
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