連載 聴こえんゾ!・12
バッチ~ン!
山内 しのぶ
pp.709-711
発行日 2003年7月1日
Published Date 2003/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661100767
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先日,父親と同年齢くらいのおっちゃんにビンタをプレゼントした.
時は初冬,所はJR新橋駅近くの路上である.そのとき私は,アルバイトを終えて帰宅すべく,新橋駅に向かってテクテク歩いていた.周りは私同様,帰途につくサラリーマンやサラリーウーマン(変?)たちであった.人の群れが新橋駅に向かって流れている,そんなウィークデイの夕暮れ時.今晩のおかずは何にしようかなあ,などと考えながら信号待ちをしていた,そのとき.
キキーッ,ゴン!
私の後ろ足に,何かがぶつかった.痛いじゃないか,と思いつつ振り向くと,そこには自転車がいた.乗っていたおっちゃんが,ブスッとした顔で,言った.
「よけんかい!」
私の背後でキコキコとペダルをこぎながら,私がよけるのを待っていたのだろうか.チリリンとベルを鳴らしたのかもしれない.しかしながら,耳の聴こえない私には,キコキコもチリリンもわからない.よけんかい,という言葉の語気の荒さにムッとしたものの,彼は急いでいたのかもと思い直し,まず謝った.ついで,説明した.
「私,耳が聴こえなくて,自転車の音がわからないんです」
おっちゃんはジロリと私を一瞥して,言った.
「言い訳すんな!」
なんだと~~~このくそオヤジ!…と思うのと同時に,手が出た.
バッチ~~~~~ン!
周囲のサラリーマンたちがこちらを見た.
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