隨筆
役所と女性
植山 つる
1
1厚生省児童局企画課
pp.6-9
発行日 1954年4月10日
Published Date 1954/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200710
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私の役所生活は20年にもなるが,いまもまだつづいている.この永いつながりを承知の上か,役所と女性の題を課されて,ふと注意深く自分の職場を見つめる機会を得た.そして第一に発見したのは,役所における私の生活の歴史である.これからさきどうなるかは分らないが,少くとも過去の生活は,自分のこころざしによって選んだ道であった.家庭の事情,その他の理由で他から押しつけられたものでもなければ,止むを得ない事情で流されてきたものでもない.役所は,私の生命を托した,私なりに仂かれる場所であつて,その労仂も慰さみごとではない.私はそこに生のよろこびを感じ人生の深さをこの窓を透して見ることもできたし,数々のたのしい思出を与えてくれたところでもあつた.
よく見ればなずな花さく垣根かな芭蕉こんな心境は,人生の過半を役所に過した者の諦観かも知れないが,決して不幸だとは思っていない.この心境,この幸福は,僅かなものにも満足して,人を愛し,人から愛せられることに存するのであろうと思う.役所の中に生きる入たちには,いろいろの生き方があろうとも,こころざしをたてて舵を取り,風の日も,雪の日も進路をえらぶのは私自身であつて,ひたすら自分の義務をつくし,前途を望み見るばかりで過してきたのであった.
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