連載 明るい肉体⑧
嘔吐
天田 城介
1
1立命館大学大学院先端総合学術研究科
pp.1138-1140
発行日 2006年12月1日
Published Date 2006/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661100684
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
「VOMIT(嘔吐)って不思議だよね.だって,酒に酔っ払って吐くにしても,患者さんがゲーッと吐くにしても,それでカラダを楽にしようとしているんだもんね.うまくできとるの~.それにね,ゲロって,面倒だけど,なぜかこの息苦しい病棟の重~い空気を少しだけ軽くしてくれて,何となく患者さんとのつながりを実感できるって感じがあるんだよな.なんでかな?」
思い返してみると,私が病院で初めて病を生きる当事者の嘔吐物を目にしたのは,看護助手として働き始めて3日目のことであった.脳腫瘍で入院してきた58歳の男性Bさんがオペの前日に凄まじい勢いで嘔吐したのだ.それはまるで私の鼻腔に侵入してくるようなツーンと刺激する強烈な胃酸の臭いのする幾分か茶褐色の吐瀉物であった.私は初めての経験のために大慌てをし,ひどく困惑した顔で戸惑ったが,同時に,その男性が夕食に食べたであろうブリの煮付けのキレギレや味噌汁の昆布がバラバラになって解体したものなどがキラキラと怪しげな光りを放っているのをジッと見つめていた.見つめながら,肉体の不調(病気によることもあるし,薬の副作用などの時もある)に対して,まさに,その「吐く」という行為によって何とか自分のカラダを楽になろうとしているBさんの「肉体の力」に震撼したりもしていた.
Copyright © 2006, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.