特集 出生前診断の倫理的問題を問う
出生前診断における倫理的問題と親密圏
佐藤 和夫
1
1千葉大学教育学部
pp.406-410
発行日 1995年5月25日
Published Date 1995/5/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611903376
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はじめに
重度の障害を持つ可能性がある子どもを産むかどうかの問題は,つらく重い問題である。出産の現場では,「出生後間もなく亡くなるであろうと思われた児が知的障害を持ちながらも救命し得た場合には,そのご両親,家族と医療者との間にはしこりが残り,生命予後は良さそうだが知的障害を残すであろうと思われた児が,結果として亡くなった場合にこそ,『有り難うございました』と感謝されるという現実がある」という。こういうことは決して予想できないことではない。医療従事者の側からすれば,疲れも忘れて必死に救った生命について,恨みごとを言われるとすれば,文字どおり親切や好意を仇で返されることになる。人間はもちろん,動物や1本の草木でさえも無事にその生を全うして欲しいと願うのは,人間としての「自然」な感情かもしれない。したがって,子どもをこの世に生み出すのを助けることが仕事である助産婦などの医療従事者からすれば,障害があるからという理由で子どもを殺すことを心の底では願っているのではないかと思われるような親の発言には,深い失望や怒りが生まれることも不思議ではあるまい。
しかし,こうした親たちの発言は彼らのエゴイズムや優生思想から生まれているとだけ考えて良いのだろうか。そういった動機からなされるケースも実際に多くあり得るであろう。現代社会のなかに,そうした気風が色濃く存在しているからだ。
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