特集 深谷赤十字病院の,これが助産婦の仕事だ
21世紀への序奏—看護部長の思い
中谷 夫佐子
1
1深谷赤十字病院看護部
pp.877
発行日 1999年10月25日
Published Date 1999/10/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611902268
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赤城山の裾野は長く美しい。その懐に抱かれた緑豊かな関東平野の一角。美味しい葱,偉人渋沢栄一生誕の地,日本最古のプレートガーター橋(鉄橋),東京駅と同じ煉瓦を使用した新しい深谷駅駅舎等々,歴史を感じさせる人口10万3000の深谷市に,私たちの深谷赤十字病院はあります。当院は,県北の基幹病院として,第三次救命救急,地域周産期母子医療センター等の指定を受け,赤十字の基本的理念に基づいて,地域住民に包括的な手づくりの医療を提供しています。
さて,深谷赤十字病院看護部が,看護職の主体性確立のためにプライマリナーシングに取組みましたのは,昭和55年,私が部長職に就いた年でした。産科病棟には昭和58年に導入し,困難な状況下にありながらも,よりよいケアをめざして挑戦の日々が始まりました。プライマリナーシングを実践していく中で,入院期間が短いことでの戸惑いもありました。プライマリナーシングは1対1の患者・看護婦関係の確立が重要です。短期入院でのそれは難しいけれども,妊娠時から(産後も含めて)1対1の妊産婦・助産婦関係が確立できれば時間は十分にあるのです。このことから,外来における正常妊婦の健診,保健指導を助産婦が自律的に行なう,いわゆる助産婦外来へとつながり,私の中でイメージ化することができたのを覚えています。そして助産婦の「自律的に行ないたい」という思いが重なり,助産婦外来がスタートしました。当院の助産婦外来(妊産婦・助産婦双方が主体の素敵なネーミングがあるとよいのですが)を最初に体験された妊婦さんの「助産婦さんでよかった」という言葉から,それが効果的で,満足をもたらすものであることがうかがわれました。
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