特集 こどもの虐待を防ごう
虐待の世代間伝達を断ち切る
渡辺 久子
1
1慶応義塾大学医学部小児科学教室
pp.674-680
発行日 1998年8月25日
Published Date 1998/8/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611901990
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はじめに
ある日,1歳半の赤ちゃんを母親が殺すという事件が起きた。泣きやまない子を前に,母親が発作的に布団をかぶせたという。父親の帰りが遅い,都会の核家族のアパートの出来事であった。母親には昼間声をかけ合うご近所の友達も,電話する実家もなかった。
この事件を取材した某新聞社の記者は筆者に「苦労して産んだかわいい赤ちゃんを。どうしてこんなことが?」と絶句した感じで質問してきた。筆者は「要求の激しい赤ちゃんを,昼間たった一人,孤立した情況で育てるのは,大変なこと。泣きやまない赤ちゃんを前にすれば,誰でも自分が泣きたくなる。赤ちゃんの時に暖かく幸せに包まれた人はまだしのぎやすいけれど,そうでない人が泣き喚く赤ちゃんといると,辛い感情がかきたてられ,地獄のよう。この方は暗い生い立ちかもしれないですね」と答えたが,一般の人にはわかりにくい問題であろう。その後その母親が乳児院で育っており,赤ちゃんが泣くたびに気が狂いそうになっていたことがわかった。このように苦しんでいる母親たちの気持ちが広く理解され,母親を暖かく包む社会情況があったらと悔まれる。
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