産育習俗今昔
4.トリアゲオヤ—二種類の助産
鎌田 久子
1
1成城大学
pp.337-340
発行日 1982年4月25日
Published Date 1982/4/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611206008
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産婆の方言
本誌の名称にもなっている「助産婦」という言葉は,今日でこそ一般化されて使われているが,各地において,出産を助ける者を呼ぶ名称には,この者の本来的意義がよく表現されている。たとえばトリアゲバアサンなどという語は,ほぼ全国的な言葉で,方言というより共通語に近いものである。トリアゲバアサンは生児をあの世からこの世にとりあげる,この世の人間仲間に入れる意味からきており,もちろん具体的な動作として,産婦から生まれた子供をとりあげて,1個の人間として扱うということがまずあるわけである。
このトリアゲルという意識は重要なことである。中国地方から四国地力にかけて,ヒキアゲババという言葉がある。島根県邇摩郡馬路町では,大正7,8年頃までは,ムラにヒキアゲ婆さんが一人いて,産気づくと,このヒキアゲ婆さんともう一人,コシダキバアサンを頼んだという,コシダキバアサンの方は,技術的助力者だったらしい。このヒキアゲバアサンは,子供の名付けのとき招かれ,さらに正月には餅,盆にはそうめんを子供の背につけて,ヒキアゲ婆さんの所に挨拶にゆくのが当り前であったとか。このヒキアゲという名称も,引き上げであり,生み落とすという言葉と相対する意識ではないかと思う。生み落とされた子供を引きあげる,すなわち人間仲間に引き入れる者という名称である。
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