特集 性をめぐる諸問題
文学から考える人間の性
ぎりぎりの生と性そして死—中城ふみ子歌集「乳房喪失」を読んで
星 美代子
1
1元:神奈川県立成人病センター
pp.748-751
発行日 1980年11月25日
Published Date 1980/11/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611205782
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今から4年前の春,隣接の街の書店で見つけたこの一冊の歌集──黒地に幾すじかの草花を流れるようにあしらった,おちつきのある美しい装丁は,いかにも31歳の若さで世を去った女流歌人の遺稿にふさわしいものに思えた。かつての映画「乳房よ永遠なれ」のシーンがよみがえり,澄んだ北海道の景色をバックに画面に流れた三十一文字の短歌。もう20年も前のことではなかったろうか。私の頭の中にはその時の文学的美しさだけが鮮明に残っていたのであった。
しかし,今この歌集を再度手にとり,834首を一つ一つ味わっていくうちに,単なる感傷や美化されたドラマとして見るだけではすまされない,一人の女の凄絶とまで言える生と死,それはひたひたと迫ってくる癌の恐怖を軸に交錯する性と愛,悲痛な呻きや深淵の叫び,あせり,いらだち,そうした人間の生の深層に手を届かせ,冷徹なまでの自己凝視の姿勢は唯々感嘆のほかはない。深く合掌するばかりである。
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