「おんなの書」評
積木の箱—三浦綾子
若林 恵津子
pp.54-55
発行日 1968年11月1日
Published Date 1968/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611203657
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私の知人で,妻子を捨てて若い女と同棲している男がいるが,「その新しい女性のどこがいいの」と聞くと「食卓に小出しにしておく醤油瓶や砂糖つぼの中味が,なくなりかけたな,と思うと,いつのまにか一杯に満たされていて絶えることがない.そうしたこまやかな心遣いが実にいいのだ」という.それに反し,女房の奴は鈍感などという生やさしいものではなく,3日前から空になっていてもいっこうに気がつかず,注意すると,床下から埃のいっぱいくっついた一升瓶をとりだして,直接どくどくと彼の漬物皿に注ぎ込むような女なのだ,という.
その時,私は腹をかかえて笑ってしまったけれど,あいにく私はその2人の女性を同じ程度の親しさで知っているので,一概に彼の価値判断に組するわけにはいかなかった.というのは若い愛人の方は,目から鼻に抜けるような冷悧さと,洗錬された趣味と高い教養を持ち,服飾のセンスなども実にいいのだが,かんじんの男を見る眼,人間を見る眼に欠けており,一方,妻の方は,鈍感で不精,何をやらせても不器用なくせに,人間のありよう,人生の行末というものには,こわいくらい確固とした見通しを持っていて,夫の恋愛などどこ吹く風,自分は子どもたちと悠々自適,毎日の生活を楽しんでいるからである.三浦綾子さんの「積木の箱」を読み終えた時,私ははからずも,この妻のことを思い浮べた.
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