巻頭随想
ある少年の裁判
沢田 美喜
1
1エリザベス・サンダース・ホーム
pp.9
発行日 1964年10月1日
Published Date 1964/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611202837
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今から12年前でした.私はニューヨークの少年裁判所の陪審官の席に座っていました.その日に判決のあるはずの13歳になる黒人の少年のケースをみていたのでした.道に止っていた高級自動車を3台も運転して,もち去ったという罪状でした.もちろん未成年者ですから,判決もかるいのでしょうが,今日の判決を心配している両親がひかえ室からちらちらと見えます.その人達の心を思うと私の心はしめつけられるようでした.やがていよいよ判決の時がきました.白髪の慈顔の裁判官は,この少年に言いました.「紙とペンを用意して」少年はハッとして意外というような表情で判事を見上げました.書記がわたした紙とペンを手に書き出す準備をしました.私ども陪審席の人々は,裁判官が何を言わんとするかと,息をひそめて少年をみつめました.
「まず聞くが,君は学校で算数の点は良いのか」「まあ,よくもわるくもなく,すきでもきらいでもありません」少年はためらわずに答えました.「まず君の父親の1か月の所得をかいて,それから第1に,君の生活費を引いてみなさい.食費,衣服費,交通費,学費を引いてごらん.数字は君の先月の費用なのである.そう本代もあった.医者に払った費用もあったはずだ.それも引いてみて,さあ,のこりがどれぐらいになったかね.その数字は君の両親の生活費なんだ.君の分よりも2人分の父母の方が少ないのだということがわかったであろう.
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