隨筆
臍の緒
中山 安
1
1東横病院
pp.46-48
発行日 1959年2月1日
Published Date 1959/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611201629
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昨年,私の郷里から上京した妹(といつても,もう70才を過ぎている)が,大事そうに古ぼけた紙包を差し出して,「これは母(もう20年前に88才で亡くなつた)から預つた品物ですが,お渡しておきます」.何だろうといぶかしくおもつて訊ねると兄さんの臍の緒ですよ」と言うのである.話によると母が大切に箪笥にしまつていたそうであるが,自分も老いたから,あんたに預けておくといつて妹に手渡ししたそうで,それから妹は自分のものと共に保管しておきましたとのことである.
開いてみると黒色に,カラカラに乾いた臍帯が3糎ぐらい,長い麻の紐で結んだまま包まれている.包んだ紙を,もう1枚で包みその紙には(安のへそ6月24日)と認めてあつた.私は8月5日生れということになつているのでこの月日は旧暦である.紙は丈夫な日本紙,やや黄ばんではいるが,そしてだいぶしわくちやになつてはいるが,73年前を物語り母の筆蹟で墨痕もそのままである.
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