7月の話題
ピカソとクルーゾオと映画
原田 順
pp.50-51
発行日 1957年7月1日
Published Date 1957/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611201304
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ピカソの愛情の籠つた好奇心は,友人の生活のあらゆる些末な事柄からその作品にまで及ぶのであるが,それは,滅多に書物を手にしない彼が,友人から本が送られてくると突然それらの全部を読了してしまうことからもうかがわれる.彼は友人との会話を好み,それが真実に触れるものである限り,奇智や逆説を好む.風景は,それ自身では彼の興味の対象とならないが,夕暮れに海辺のレストランでみんなと遅い昼食をとる時など,彼は,思いつきの散策をジヤン・コクトオやジヤツクプレヴエールその他の友人に提案するのである.
或る晩……彼は絵筆を投げ,自分が受取つた手紙が星のように散らばつている床に目を投げる.いろいろな旧い友人や,世界の匿名の讚美者たちから送られる様様な贈り物に混つて,或るアメリカ人から送られた新らしいインクの壜にふと気付く.彼はその壜を拾い上げると,一綴の紙をとり,インクの中に筆を浸すや電光の如き速さで一つのデツサンを描きあげる.牝山羊の横顔である.彼が描いた何千枚もの中の一枚のデツサン……,しかしその時彼は,或る一つの事実に気付いたのだ.インクが完全に紙を徹して,山羊の頭が紙の裏にも明確に浮き出ているという単純な事実に……
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