音楽評
田中希代子ピアノリサイタル
小山 定一
pp.57
発行日 1957年7月1日
Published Date 1957/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611201306
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ヨーロツパで目覚ましい活躍を続けている田中希代子が久しぶりに帰国して6月6日,東京産経ホールの演奏会を皮切りに全国各地で凡そ25回の演奏会を開き,他にラジオ・テレビを通じて全国の音楽フアンにその秀れた演奏を聞かせてくれるが,その最初の演奏は誠に期待にそむかぬ見事な出来栄えであつた.
当夜のプログラムはモーツアルトのニ長調のピアノソナタ(K.576)をもつて始められたがまるで水晶の玉を転がすような澄み切つた音が,明るい陽差しに輝く小川の水のように少しの淀みもなく流れて行つた.次に演奏されたベートヴエンの作品78のソナタは演奏される機会の比較的少い曲であるが,ベートヴエンの「永遠の恋人」と推定されるフオン・ブルンスウイツク家のテレーゼ姫に捧げられた曲で,第五,第六交響曲やヴアイオリン協奏曲,第五ピアノ協奏曲等の大曲を数多く作曲した中期のベートヴエンにしては珍しい可憐で清楚な曲である.その曲を彼女は野菊のように純潔に弾いた.しかしプログラムが更に進んでシヨパンの変ロ短調ソナタに入つた時,彼女のピアノは前の二曲には聞きとれなかつた一種異様なひびき,まるで生き物の肉声のようなひびきをもつて聴衆を圧倒した.
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