社会の動向
モルモツトの世紀
長谷川 泉
pp.34-35
発行日 1954年11月1日
Published Date 1954/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200730
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ビキニの灰をかぶつた久保山さんが国民の注視のうちに死んで,世論は原子力の世紀における人間の悲哀を痛感させられたようである.ジヤーナリズムが,今度ほど国民の世論を反映してダイナミツクな動きをしたことはない.それにもかかわらず,原爆実験の犧牲者が眼前に出てなおかつ政治力はこの貴重な犧牲を,人類の幸福のために有効に使うことが出来ないでいる.
ビキニの灰による放射能雨が各地にふつて神経をとがらせたり,廃棄マグロが大量に上つて,日本漁業の損失を保証せよとわめいているうちに,去月なかばから裏日本に降つた雨に最高7万カウント余の強烈な放射能が算出された.ビキニの灰におびやかされていた日本人は,今度はソ連の水爆実験のモルモツトにされつつある.ソ連の実験は北極圈内のソ連領において行われたものだが,その影響は,すぐにビキニにおけるアメリカの実験以上に日本の各地に強い放射能雨を降らせることになつたのである.学者は飮用しない限り人体に害はあるまいといつているが,おそるべき世紀に私達は生れ合せたものである.
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