玉手筺
開業當時の思い出
嶋 玲子
pp.18-19
発行日 1952年3月1日
Published Date 1952/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200056
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私の知人が酒の小賣商に嫁ぎました。その酒屋は姑さん達一代で築き上げた身代でありますだけに,商賣が大層上手で客を反らさない愛嬌をいつも振りまいておりました。兎角商賣は上得意は大切にいたしますが,僅かな買物や子供の買手に對して兎角おろそか勝ちなのを,この店はこれらを特にていねいに扱うのでした。これがこの御主人開業當時からの商賣繁昌のコツだと聞かされました。「商賣は暇の時よりハヤル時が大切で,ハヤル時程サービスに努める,またその時が一番やりよいのです。御覧なさいデパートのサービスは至り盡せりです。(昭和12年の頃)自家用バス停驛まで送迎します,市内は買物の無料配逹もしていますそれで品がよい買よい,気分よい,の三拍子が揃つています。それが客を吸收する磁石ですネ」
私の開業は昭和12年の秋で日支事變の將來がどうなるか,判斷に迷う頃でありましたから,社會の一般状況は餘り樂觀しておりませんが,生めよ殖やせよの時でしたから開業當初から割合によくすらすら繁昌いたしました。この時が酒屋の御主人の言のようにサービスが大切なのだと痛感して,先づ受診に來た妊婦さんが胃が惡いと云われると,あらかじめ藥局で調剤させておいて,私も夜中でも忙しい商賣ですから遂胃を惡くしますのでお醫者さん通いですよ。私が頂いて來た藥差上げますから服んで御覽なさいと出します。子供を連れて來られたら繪本とか,安玩具を常に用意しておいて差上げます。
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