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はじめに
これまでの成功事例を見習うだけではなく,データの実証分析による効果の検証に基づいて政策を形成していく,エビデンスに基づく政策形成(evidence-based policy making:EBPM)の重要性が指摘されて久しい.EBPMでは,政策と結果(アウトカム)の因果関係について何らかの主張ができるような結果が求められる.しかし,社会政策においては,薬剤の効果の検証で一般的に用いられるようなランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)を幅広く行うのは困難である.
当然のことではあるが,2つの事象について相関が見られたとしても因果を示すとは限らない.例えば,介護ロボットを導入している介護事業所のほうが事業所の利益率が高いという相関が観察されたとしよう.もちろん,介護ロボット導入によって(生産性が改善されるなどのメカニズムを経て)利益率が高くなるという因果関係もあるかもしれない.しかし,そもそも利益率が高い介護施設だからこそ,介護ロボットを導入できたという逆の因果の可能性もあるだろう.
2つの事象を同時に変数として観察するクロスセクションの分析では,逆の因果の可能性を排除することは難しい.そこで同時期のデータでなく,介護ロボット導入の有無の変数(説明変数)を得た後に介護事業所の利益率(被説明変数)を観察したとしよう.それでも2つの変数の両方に影響を与える別の要因(交絡因子)が存在する場合は,2つの変数の直接の因果関係とは言えない.介護事業所の残業時間のような観察可能な交絡因子であれば回帰分析の際に調整をすることができる.しかし,「経営者の働き方改革への理解度」のような観察することが難しいか適切な代理変数がないような場合,交絡因子の調整は難しくなる.回帰分析以外にも,「交絡因子が同じ場合」の説明変数の効果を分析する方法には,マッチングや重み付けなどがあるが,基本的には観察された交絡因子の調整以上に比較の質を上げることはできない.
さらに,政策評価の場合は,上の介護ロボット導入のように要因を個別の経済主体が選択できないことも多い.日本のように国全体で政策の変更が一斉に行われることが多い場合は,政策効果を推定するための適切な対照群さえも設定することが困難になる.
経済学の実証研究では,因果関係についての仮説を検証する因果推論(causal inference)の方法が発展している.なかでも,RCTのような実験に近い状況を見つけて分析する「自然実験(擬似実験)」の方法がよく使われる.本稿では,自然実験の方法について,介護やリハビリテーションの例も交えて概説する.
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