- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
東京2020パラリンピックではT64クラスのマルクス・レーム(右下腿切断)が走り幅跳びで8.18mという記録で金メダルを手にし,メディアなどで多く取り上げられた.切断・義肢という分野に造詣が深くなくても,切断者が行うことが可能なスポーツは何かと問えば,走行用のカーボン製ブレード(以下,板バネ)を装着し行う陸上競技と答える者が多いのではないだろうか.力強く疾走・跳躍する姿は,これから義足で人生を歩んでいく新規切断者に希望を与えるだけでなく健常者にとっても印象に深く残る.
筆者の在籍する義肢装具サポートセンター(以下,義肢装具SC)では切断者の義足歩行獲得のリハビリテーションをメインに行っている.その延長として基礎疾患を有しない高活動な症例に対し板バネを用いて走行体験の機会を設けることがある.初心者向けの走行体験会「THE FIRST STEP」を導入として,継続してランニングを行いたい場合は施設が関連する陸上チームである「スタートラインTokyo」への参加を促すことで,下肢切断者に対してのスポーツ支援を行っている.しかし,切断者の少ない一般的な病院・近隣に切断者のコミュニティが存在しない地域在住者の視点になれば,板バネが準備され,義足に精通した義肢装具士・理学療法士・医師などの医療スタッフが在籍し,定期的に走行の機会が与えられるこの環境は特別なのである.いわゆる,板バネで走る「義足アスリートのステレオタイプ」についてはイメージしやすいが,「アプローチしやすいものか」と言えばそうではない.切断者の多くは企業やスポーツセンターが企画するパラスポーツイベントなどを通して体験をするだけで,継続して実施ができていないのではないだろうか.なぜなら,そこには多くの阻害因子が存在するからである.
心身の健康のために何かできるスポーツがないかと模索する切断者に情報提供する機会が多い医療従事者は,いかにして切断者にとってスポーツが「体験イベント」で終わらず,日常生活の一部に落とし込めるか考えなければいけないのである.
最新事情(筆者が現場で感じる空気感,制度の課題,経済状況,切断高位に依らないスポーツのあり方)を踏まえ,“板バネで走る”だけではなく,新たにアプローチできる情報を取り上げ,そこにまつわるエピソードを本稿では伝えたい.
Copyright © 2023, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.