Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
72歳の女性は,重症の糖尿病と認知症に罹患していた.生まれ育ったのは魚と米と酒の港町,夫と3人の娘,1人の孫との6人暮らしだった.夫は定年退職し,長女と次女は働きつめてほとんど帰宅しなかった.三女はひとり親で,母親と息子の面倒をみていた.寂れた団地に住み孤立していた.経済的にも厳しく,さらに,詐欺まがいの勧誘にお金を渡してしまっていた.そんな彼女の健康に影響を及ぼしうる社会的な要因としては,酒と米の食文化で生まれ育ったこと,社会での孤立や経済的な困窮,地域の治安などが考えられた.このように生活する環境が健康に悪影響を及ぼしうる患者にも医療機関は社会制度を上手に利用し,地域と連携することで対応できることがある.この女性のかかりつけ医は,その地域に詳しい人々から情報収集した.たとえば,自治体の生活福祉課や保健師,地域包括支援センターや社会福祉協議会の担当者,民生委員や地域の自治会などである.医師は,そのような専門職が集まり地域の課題や気になるケースを議論する場である地域ケア個別会議にも出席し,彼女のこと・団地のことを話題に挙げた.それにより,ボランティアや自治会の機能が強化され,彼女が孤立しない仕組みができた.すると,詐欺まがいの勧誘もなくなり,医療費の減免と重ねて経済的には安定し,病状も落ち着いた.ここで特筆すべきことは,医師は特に薬の処方を追加していない.医療的なケアだけでなく,さまざまな人々と連携して生活環境を整えた結果,病状が安定したのである.1)
この事例は筆者の過去の経験に個人情報に配慮して修正を加えたものである.患者を取り巻く社会背景要因による健康への好ましくない影響を緩和するためには,住民が抱える社会生活上の困難への対応が必要となる場合がある.その対応方法の1つとして「社会的処方」が近年議論されている.「社会的処方」とはどのような取り組みだろうか.
Copyright © 2023, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.