Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
- サイト内被引用 Cited by
はじめに
経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation;tDCS)とは,頭部とそのほかの部位での2つの電極間に,微弱な直流電流を一定の時間,持続的に通電すると,非侵襲的に痛みを伴わず,大脳皮質の興奮性を変化させられるというものである1).数十分間,数mAの微弱な電流を流すだけであり,装置は小さくて持ち運びも容易である(図1).手の運動野の直上と(対側の)前額部に刺激電極を置く場合が多い(図2).tDCSと同様に大脳皮質の興奮性を変化させられるものとして,反復経頭蓋磁気刺激法(repetitive transcranial magnetic stimulation:rTMS)があり,むしろrTMSのほうが一般的には知られているが,tDCSはrTMSに比して装置が安価で,かつ安全性が高いことなどから,急速に普及してきている.
いずれの手法も,覚醒時のヒトに対して神経可塑性(plasticity)を誘導できると考えられている.ここで「神経可塑性」とは,さまざまな入力により,この神経回路が変化する性質を指し,脳の柔軟性の機序ともいえる.これは発達・記憶・学習などに関わっており,また脳血管障害などの神経疾患でも,症状に対する適応として可塑性が起こることが知られている.
神経回路の変化には,シナプスの伝達効率の変化やシナプス結合の変化が必要である(図3).カルシウムイオンの流入などの「電気生理学的」な可塑性はミリ秒単位で起こり得る.シナプスの蛋白質に対してリン酸化酵素が働くなどの「生化学的」な可塑性は,秒〜分単位の時間で起こり得る.しかし,最終的なシナプスの変化,神経細胞の変化などの「形態学的」な可塑性は時間〜日単位が必要と考えられている.つまり,神経可塑性を誘導できるtDCSが神経・精神疾患への治療法として期待されているのは,シナプス効率の変化,神経細胞の変化などの「形態学的」な可塑性により,脳機能の再構築を誘導し得ると考えられているからである2).そして,これまでの正常人における検討から,陽極刺激(anodal tDCS)では電極直下の大脳皮質のシナプス効率を増強させ,陰極刺激(cathodal tDCS)ではシナプス効率が抑圧されることが判明している.特にリハビリテーションの領域においては,麻痺や失語症などの後遺症を有する脳血管障害患者に対するリハビリテーションの補助療法としての期待が高まっている.
本稿では,実際の臨床・研究への応用の際に注意すべき安全基準について,臨床神経生理学会 脳刺激法に関する委員会から出されている暫定ガイドライン「経頭蓋直流電気刺激(tDCS)の安全性について」に基づいて,解説する3).またこれは2011年のものであるため,ここでは最近の安全性の報告も解説する.なお研究で用いる場合,経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic stimulation;TMS)を用いて大脳皮質の興奮性の評価も行うことが多い.その場合,tDCSの安全性のみならず,TMSの安全性にも配慮する必要がある.TMSに関しては,「磁気刺激法の安全性に関するガイドライン」が出されているため,それらを参照されたい4,5).
Copyright © 2015, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.