Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
はじめに
―脳外傷者への社会的関心の高まり
わが国で脳外傷のリハビリテーションが改めて注目されたのは1990年代で,「高次脳機能障害」を有する人々への援助の難しさが関係者の間で話題になってからであろう.特に職業リハビリテーションの分野では,身体的な麻痺も大きな知的低下もなく,言語によるコミュニケーションが可能であるにもかかわらず,就労を継続できない人々の問題が注目され始めた1,2).名古屋市総合リハビリテーションセンターでは,このような援助の難しさを認識し始めた当時,スタッフのキーワードは「ちょっと変?」という言葉だったという3).患者に振り回され,援助のノウハウもなく,どう関わるべきかに苦慮していたというのである.
このような状況を受け,日本職業リハビリテーション学会では1993年の大会で,「脳損傷者の認知と行動」という特別講演を開き4),シンポジウムでは「変化への対応を問う」と題して,従来とは異なる,新しい対象者へのサービスのあり方を論議した.ここで筆者は,脳外傷などによる高次脳機能障害者へのリハビリテーションの課題として,次の5点を指摘した.①交通事故などによる若年の男性が多く,今後の長い人生をどう生きるかが問われてくる.②関係者の認知障害・行動障害への認識が不十分で,対応する援助システムが未確立.③現行の制度では,行政サービスの対象となりえない人々も多い.④家族への支援体制の確立が急務.⑤病識欠如,現実認識の困難さなどがあるなかで,本人の自己決定をどう援助するか5).そして,このような状況は現在も大きく変わっておらず,課題の解決には遠いと言わざるをえない.
医療の分野も同様で,上田は「高次脳機能障害への関心の増大」というテーマで,医師として次の3点を強調している.①患者数そのものの増大.②運動障害にもまして,大きな能力障害,社会的不利の原因となる.③注意すべきは,「症候」としての珍しさ・面白さに眩惑されて,それがもつ「障害」としての意味,すなわち生活上の困難・不自由・不利益としての意味を忘れないようにすべきである6).つまり,医学的な機能障害(impairment)からするとほとんど問題はないように見えながら,実際の生活面ではトラブルが多く,能力障害(disability),社会的不利(handicap)は非常に大きいのである.
医療ソーシャルワーカーの立場で菱山らも,600例の患者の追跡調査を行い,その生活実態と援助の難しさについて次のように述べている.「使える社会資源がほとんどなく,生活の再構築の糸口さえつかめない処遇困難ケースの1つに,高次脳機能にのみ問題をきたしている一群の人々がいる.現行の身体障害者福祉法の福祉制度の対象でもなく,まさに家族の犠牲の上での生活を余儀なくされている7)」.
Copyright © 2000, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.