Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
エラスムスの『痴愚神礼讃』―ルネサンス期の老人観
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.1175
発行日 1999年12月10日
Published Date 1999/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552109130
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1511年に刊行されたエラスムスの『痴愚神礼讃』(渡辺一夫・二宮敬訳,中央公論社)は,その反権威主義的な内容によって宗教改革の思想的準備をしたとされる書物であるが,このなかに描かれている老人像には,老人一般というよりも,痴呆性老人をモデルにしたのではないかと思われる記述がある.
それは,痴愚神が,老人達に言及して,「あのやりきれない老年期」と語る場面である.痴愚神は,老人のことを「これこそ,自分の重荷にもなり他人の重荷にもなるもの」と紹介したうえで,自分が,「老人を最初の幼年期へ連れ戻してやらなかったら,だれひとりとして,この老年期にがまんできるわけはありますまい」と,老年期を否定的に評価する.
痴愚神は,「わけのわからぬことを言ったり,めちゃなことを言ったりすること以外に,幼年期の特徴があるでしょうか」と,老人は幼児に戻ると指摘して,「頭髪の色の薄い点といい,歯のない口といい,ひょろひょろした体といい,乳が好きなことといい,もごもご言う点といい,片言をしゃべる点といい,物覚えが悪い点といい,両方ともよく似ています」と,老年期と幼年期の類似点を列挙する.そして,「老人は,ついに童子のように,人生を愛惜することも死を感ずることもなしに,この世をおさらばする」と,語るのである.
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