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はじめに:あるい事件の紹介
昭和61年の暮に筆者が所属する地域の精神科リハビリテーションの領域につぎのような事件がおこった.
昭和59年10月から保健所の生活指導教室に精神病院に入院や通院している精神障害者を主な対象として作業部門が設けられていた(精神病院には両親が死亡したり老齢化したりして退院したあと面倒を見てくれる家族がいない大勢の精神障害者がいて,神奈川県では在院患者に占めるこれらの生活保護患者の比率は60%以上にも達している4)).そこは保健所のPSWにより,精神障害者家族会から交代で手伝いに行くという協力をえて運営されていたが,この作業室を最近になり家族会が運営する作業所にしようという動きが保健所や精神病院のPSWにより具体化されて来た.しかしそれにつれて家族会員に動揺が広がり,次第に拒絶反応を示すようになってきた.彼等は「自分の子供ですら扱いかねているのに,このような身寄りのない精神障害者を自分達が面倒を見なければならないのであろうか」という疑問を訴えはじめたのである.そして精神病院の経営者側が経済的負担を理由に作業所づくりにかかわることを断って来たことを契機として家族会も作業室から手を引くという事態に至った事件である.
冒頭からこのような見苦しい事件をあえて記述したのは,この事件を説明することにより,本誌の主な読者である精神科以外のリハビリテーション領域の方々に地域レベルの精神科リハビリテーションの現状を理解していただけると考えたからである.
この事件は以下のような問題を指摘しているのである.
それはまず,地域にある精神病院が経済的負担を理由にリハビリテーションに関心を示さないことである(地域の精神科リハビリテーションはいろいろな支出を必要とするにも拘らず診療報酬を伴なわない).一方セルフヘルプ的活動を目差す家族会の運営になる地域作業所が,さしあたり地域の精神科リハビリテーションに対して公的補助が得られる唯一の場所であり,精神病院を退院した患者がリハビリテーション訓練をうけられる唯一の場所でもあることである.しかし既存の地域作業所の入所は原則として家族会の子弟に限られていて,身寄りのない精神障害者の入所が困難な状態であった.
しかし問題はこれらに止まらず,さらに地域の精神科リハビリテーションの現状を明らかにすることになった.すなわち同じ地域にある精神科診療所,デイケア施設,既存の地域作業所と精神病院や保健所との提携が極めて不充分であること,とくに民間の医療機関である精神病院と診療所,デイケア施設との提携が経営上の理由からほとんど行われてないことなどが明らかになった.しかもこれら施設間には伝統的精神医療とリハビリテーション理念との混乱が存在することや地域社会において精神科リハビリテーションを推進し,これらの問題解決の担い手となる訓練された専門職の不足(地域の精神科リハビリテーションには閉鎖形,管理形の病棟看護を身につけた職員は不適である)なども指摘されたのである.
このような現状にもかかわらず地域においては身寄りのない精神障害者のリハビリテーションは緊急の課題であり,さしあたり対応する手段を見出せないあせりから生じたのが今回の事件であると考えられる.
本稿ではこれら地域における精神科リハビリテーションの問題をすべて論ずることは出来ないが,上述のような地域の現状の中で精神科診療所を中心に行っている独自のリハビリテーション活動を紹介したい.
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