紹介
藤井静雄―もう一人の先駆者
砂原 茂一
1
1国立療養所東京病院
pp.641-643
発行日 1988年8月10日
Published Date 1988/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552105906
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Ⅰ.発端
藤井静雄は大正9年(1920)東京帝国大学医学部を卒業し,稲田内科に入り,稲田から高血圧のテーマを与えられ,その指示に従ってまず病理解剖学的研究を行う目的で泉橋慈善病院において,福士政一の下で“血圧抗進症”患者の剖検を行い,大正13年(1924)28例について日本病理学会誌に最初の研究成果を報告した.その後の彼の本態性高血圧についての病理解剖学的,臨床医学的研究のまとめは「本態性高血圧症一臨床と病理」1)として昭和40年(1965)南江堂から刊行されている.
藤井はたまたま昭和2年(1927)稲田内科に入院した蒔絵の名人が脳卒中後右手指が麻痺し,“遂に貴い芸術を失った”のに遭遇し,当時の医師たちが脳卒中患者の命を取止めることしか眼中になかった状況をあきたらず考え,整形外科教授高木憲次を訪ね脊髄麻痺の治療法について教示をえて,それを脳卒中後の片麻痺に応用することを企てたのである.
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