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はじめに
神経心理学 Neuropsychologyという術語がいつ,誰によって用いられはじめたかは明確でないが,1960年代から国際用語として定着しはじめ,次第に学際的な関心を集めてきた学科であり,この方面の研究は1970年代に入って急速に広まってきた.神経心理学とはHecaen(1972)によると,「高次精神機能を脳の構成との関連において研究する学科である」とされ,またGeschwindは「神経心理学という術語は……2つの密接に関係する意味をもっている.第1は行動の変化と,神経系における損傷の部位およびタイプとの経験的相関である.第2は行動の基礎となる神経的機序の解明である.……」と述べている.
もっとも,このように定義された神経心理学という学科が1960年代に突如として出現したわけではない.すでにドイツ語圏ではかなり前から脳病理学Gehirnpathologieと呼ばれる術語があって,現代の神経心理学とほぼ同じ領域を研究対象としていた.つまり要素的な感覚-運動障害から,さらに人間に固有な言語,行為,認知の障害(いわゆる失語・失行・失認症状)を中心として,なおその他の高次精神機能の障害が,脳のいかなる局所病変から生じうるか,という研究がGehirnpathologieと呼ばれていたのである.この用語はわが国にもはやくから取入れられ(大)脳病理学の訳語が与えられていた.しかし英語圏ではこれに相当する適当な用語がなく,主に神経学Neurologyの枠内で論じられていた.フランス語圏などでも事情はほぼ同様であった.しかし最近ではドイツ語圏でもGehirnpathologieの語よりもNeuropsychologieの語の方がより一般的に用いられており,こうして神経心理学が一つの学科としての市民権をうるようになったといえる.
さて,神経心理学はその対象によって動物神経心理学animal neuropsychologyと人間神経心理学human neuropsychologyとに分けられる.動物神経心理学においては,実験的に動物の脳損傷と行動障害の相関をとりあつかい,人間神経心理学では,まず第1に脳に局所的病巣をもつ患者の示す失語・失行・失認症状と,これに関係して大脳半球優位cerebral dominanceないし半球ラテラリティーhemisphcric lateralityなどと呼ばれる現象の研究が主体をなす.また正常者への一連の実験,例えばラテラリティーについての研究なども人間神経心理学の領域に属するものと考えられる.
従来,いわゆる脳病理学の時代においては,主として神経病理者,精神医学者が主に研究を行っていたが,神経心理学の時代となった現在では,実験心理学畑から精密な心理テスト法が導入され,現在では心理学者の協力がほとんど不可欠の条件となりつつあり,むしろ心理学者の主導する研究が少なくない.
また特に失語の研究に関していうと,失語学aphasiologyという語も定着しつつあり,医学者,心理学者だけでなく言語病理学者はいうまでもなく,一般の言語学者の中にも病的言語現象を精密な言語学的対象としはじめているものもある.神経言語学neurolinguisticsの語も用いられている.
もちろん失語症患者やその他の神経学的症状を示す患者は,科学的研究の対象であるだけでなく,まず第1に病める人間として治療さるべき人格である.ひろくリハビリテーションのため,言語治療士Speech Therapistを中心に多くのマン・パワーを必要としていることはいくら強調してもしすぎることはないであろう.
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