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Ⅰ.はじめに
中枢神経系の障害における機能回復の問題はリハビリテーション医学のもっとも重要な問題のひとつであり,神経学の中心的な課題のひとつでもある.特にリハビリテーション医学の対象の中で脳卒中や脳性麻痺などの中枢神経障害の比重がますます高まりつつある現在,この面の研究の進展は理論的な意味だけでなく,大きな実際的意味をもち得るものであり,逆にそのような実地臨床の場からの知見や要望がこの分野の研究に促進的な役割をはたしうる可能性もある.
しかしそのような問題の重要さにくらべ,これまでリハビリテーションと直結した立場からのこの分野の研究は決して多くはない,Luria1~3)は第2次大戦中の脳外傷(戦傷)患者のリハビリテーションの豊富な経験にもとづいて脳障害の際の機能回復のメカニズムについて考察を加え,多くの興味ぶかい指摘をおこなっているが,あくまで臨床的観察からの考察である点と,対象が失語・失行・失認などの脳高次機能の障害が中心である点で,中枢性運動障害の回復機構の,基礎的な解明といった点では不十分であった.もちろんこれには時代的制約もあり,Pavlov4)の脳障害後の高次神経活動(条件反射)の回復に関する実験的研究やAsratyan5)の機能代償における大脳皮質の重要性に関する実験など,ロシア生理学派の伝統的なテーマのひとつとして基礎的な研究はかなりなされていたものの,当時の技術水準はより精緻な解明を許さなかったと考えられる.そのような中でのLuriaの臨床的な観察や治療経験にもとづいた理論化は貴重なものであり,学ぶべきものが多い.電気生理学的な研究技法の発展と電子顕微鏡の発達はこの分野の基礎的研究を大きく進歩させた.なかでも新時代を劃したのは1962年のEcclesら6)の脊髄での新しいシナプス結合の形成の電気生理学的証明と,1958年のLiuとChamber7)の脊髄中での発芽現象(sprouting)の形態学的証明である.特に後者は,それまで末梢神経には広くみられる現象でありながら中枢神経系では起りえないと考えられていた再生現象をはじめて形態学的に証明した点で,その後の研究への大きな刺激となった.その後sproutingに関しては多数の研究がおこなわれ,興味深い結果がえられている.
このような最近の動向はSteinら編の論文集「中枢神経系における可塑性と機能回復」8)(1973年9月Clark Universityにおけるカンファランスの記録)にもっともよくまとめられており,その他にLynchら9),Sharpless10),Kandel & Spencer11)などの詳しい総説がある.心理学の分野でも学習心理学,神経心理学などと関連して,機能の回復には大きな関心がもたれ,Rosenzweig & Leiman12),Rosner13),Dawson14)などが総説をおこなっている.このようにこの分野の研究は形態学,生理学,生化学,あるいはそれらが一体となった「神経生物学」的な基礎研究から,臨床神経学,リハビリテーション医学の場での臨床研究,さらには心理学にまでおよぶ学際的(interdisciplinary)なものとしておこなわれる気運にあり,また本来の性格からしてもそのような総合的なアプローチによらなければ解決困難な問題であると云ってもよいであろう.
筆者はリハビリテーション医学の実際に携る一臨床医であり,基礎研究を主としたこのような問題を論ずるのには必ずしも適していない.しかし,神経学から出発してリハビリテーション医学の途に志したものとして,以前からこの問題には深い興味をいだいており,小総説15)や関連論文16)を書いたこともあり,今回は臨床家としての視角から,できるかきり基礎研究と臨床との接点を求めつつ,概観をこころみることとした.
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