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Ⅰ.はじめに
随意運動は自由意志の決定のもとに一定の目的を持って行われる運動であると言えよう.新しい運動を始める場合を考えてみよう.初めは運動の目標と自己との空間的相対位置関係を認識し,どのようなパターンの運動を,何時,どの位のスピードで開始しようかと考え,一動作毎に意識的に手足を動かして行われるであろう.しかし,同じ運動を繰り返して熟練して来ると,個々の動作は意識にのぼらず,運動を始めようという意志が,既に形成された運動パターンのセットを選び,運動が進行するようになると考えられる.このように随意運動のプログラミングには空間内での位置の認識,運動パターンの形成,運動開始と停止のタイミングの決定,熟練又は学習,制御と言った複雑な過程が含まれる.
Sherrington40)は彼の発展させた反射学の基礎として,運動は一連の要素的な反射が中枢で統合されて起こると考えた.例えば,一肢に侵害刺激が入ると屈曲反射と言われる,その肢の屈曲が起こる.刺激が強いとさらに反対側肢の伸展が起こる.これは侵害刺激から身を遠ざける防御的な運動である.この反射の発現は脊髄内の興奮性及び抑制性のニューロン間の結合から説明がつき,感覚入力によってニューロン間結合の特異性という固定したプログラムを介して引き起こされる合目的的なパターンを持った運動の良い例である.しかし,運動が反射の連続によってのみ決定されるとすると,ある感覚入力に対して一定の決りきった運動しか起こらない事になる.これでは微妙な運動の遂行は当然不可能であり,微妙な運動の遂行には何如にこれらの反射を制御するかが重要な鍵となる.
運動のプログラミングには末梢からの入力にあまり依存せずに中枢神経系内で中枢性に行われる過程が当然存在する.出来るだけ速く腕を伸して物を掴むというような運動では,運動の結果が末梢から中枢神経系にフィードバックされる前に運動が完結するので,末梢からの情報はその運動のプログラムに反映し得ない.それ故,中枢神経系内でその運動に関して,どの筋をどのような順序で,何時,どの位の速さで収縮させるかのプログラムが前もって作られて居なければならない27).他方,歩行運動は四肢の屈筋・伸筋が一定の順序で規則正しく収縮して行われるが,末梢からの入力を遮断した動物に於ても正常と同様なパターンの歩行を引き起こす事が出来,歩行時の筋張力の解析からも歩行に必要な筋の張力発生のタイミングは末梢からの入力に依存しない事が知られている49).徐脳ネコでは中脳から橋網様体にかけての一定部位を連続的に電気刺激すると四肢に歩行のパターンが現れる33).歩行の本質的な動作は末梢入力によらず脊髄内中枢性にプログラムされており,中脳を含む上位中枢からの指令がこのプログラムを実行させて歩行が起こると考えられる.このように運動のプログラムには比較的要素的な,かなり固定されたものと,さらにそれらを統合するより高次のプログラムがあり,階層的な構造があるように思われる.
本稿では,最終的に運動ニューロンに送られる運動の指令が中枢神経系内でどのような径路を経て形成されて行くと考えられるかと言う点について,多くの研究者により主としてネコとサルを用いた実験から得られた知見をもとに,筆者の考えをまとめたい.
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