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医師であるかぎり,人間の体に関する知識については常にほかよりも多く持とうとするだろうし,これがさらに他の職業の人達と比較するとはるかに大きいという自負にもつながっている.ただしこれが滑稽な誤解につながることがしばしばある.ことにBiomechanicsの分野において著しい.つまり全部とは言わないが,多くの医師は数学,電気,工学等には弱いので,これらの知識を多く持っている工学者と,人間の体について精通している医師とが同じ場所で意見を交換するならば非常に興味のあるmeetingができるだろう,という考えである.過去に方々の医学会でこの試みがなされているが,両者(医と工)の意見がまったく噛み合わず,お互いに理解し得ないままに関係のないことを述べて終わってしまうことがしばしばあった.そうなる原因はおたがいに相手の分野の基礎知識がないことがもっとも大きなものであると思う.
さて前置きが長くなったが,この本の著者も同じような悩みを経験したのか,少しでもこれら2つの分野を近づけるように努力していることが,本のあちこちに伺える.さてこの本を読む前に巻末の問題をまず試みてみることをおすすめする.この問題に全部,わけなく正解で答えられたら,もう読む必要はない.あくまで書名が示すようにこの本は入門書であるので,その域を出ようとはしていない.さて医と工を近づけるためには両者の持っている基本知識から説明をはじめねばならない.第1章はForceとLoadについて述べ,Loadの種類,stressの種類,strainの種類などについて定義や実例について説明している.第2章はstressとstrainの関係で固体と流体に分けて述べ,固体ではYoung率,Hookの法則,弾性,流体では粘性などについて述べている.第3章は静力学で単軸性の圧迫,張力,曲げ,トルク,さらにBearingの項では摩擦と潤滑についても言及してある.第4章は材料の性質について,強さ,疲労,腐食などについて記されている.これら4つの章はいわば工学関係の基礎知識であり,図や表を用いて用語の定義や内容について説明してある.医学関係者の多くが忌み嫌う数式が1つもないのは著者が医師であるためか,よく配慮が行きとどいている.私も医師であるから,これら4つの章からは学んだ事が大変多い.日常何となく見逃がしている語句で混同しているものが実はまったく異なっていたり,何となくわかったつもりの事柄がよくわかっていなかったりで,平生の不勉強を思い知らされたような気がする.
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