書評
高橋正雄(著)「漱石文学が物語るもの―神経衰弱者への畏敬と癒し」
二通 諭
1
1札幌学院大学人文学部人間科学科
pp.292
発行日 2010年3月10日
Published Date 2010/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552101735
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精神の病者・治療者としての漱石は現代人の心に灯を点す
1984年から紙幣の肖像に文化人が採用されているが,その第1号として千円札に登場したのが夏目漱石である.漱石は日本文化人オールタイム・ベストワンと言っても差し支えないであろう.『坊ちゃん』は少年少女文学全集などで少年期に接するものだし,『こヽろ』は青年期の入口で教科書の題材としてその一部に出会う.1万円札の福沢諭吉の著作を読む人はそういないだろうが,漱石は世代,時代を超えて読まれている.それだけではない.たとえば,漱石を手がかりにした2008年のベストセラー『悩む力』〔姜尚中(著),集英社新書〕がそうであるように,漱石読み直しの機運が高まっているのだ.
さて,本誌「総合リハビリテーション」の連載でお馴染みの高橋正雄氏の標記新著を読むと,今,なぜ漱石なのかがよくわかる.著者は精神科医であるが,病跡学研究者として著名であり,本誌や日本病跡学雑誌,日本医事新報を中心に論文,著書を発表し,1999年には日本病跡学会賞を受賞している.病跡学とは,天才に関する精神医学的な研究であるが,著者は,病や障害を抱えながら生きた人物の研究を通じて,病に対する当事者の対応や,人生において病が果たす積極的な役割,障害をもつ者の可能性などを学ぶ学問として,今日的課題に重ねようとする.そこにあるのは,病跡学を,今を生きる障害当事者に直接的に役に立つ学問として位置づけようとする積極的な意志と情熱だ.
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