人とことば
生への畏敬の倫理
アルバート・シュバイツァー
pp.1
発行日 1966年1月15日
Published Date 1966/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203173
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わたしの幸福をも,生への畏敬の倫理は,わたしにむざむざと与えない。わたしが無凝のよろこびにひたりたいと思う瞬間に,この倫理は,わたしが見たり推量したりした悲惨への思想をわたしの心中によびおこす。それはわたしがこうした邪魔物を追い払うことも許さない。真の倫理は不気味な教えをわたしの耳にささやく。君は幸福だ,とそれはいう。それゆえに君は多くを差し出さなければならない。君が健康,天分,能力,成功,美しい幼年時代,むつまじい家庭生活において,他の人々よりも多くを恵まれているのを,君は自明のこととして受け取ってはならない。君はそれに対して代償を払わなければならない。生命の生命に対する異常な献身を,君はなさなければならない。
生への畏敬の倫理は学者がもっぱらその学問に生きることを,たとえその学問によってきわめて世に稗益するものがあっても,許さない。芸術家がもっぱらその芸術に生きることを,たとえ彼がその芸術によって多くの人々に何物かを与えるにせよ,許さない。たくさんの仕事をしている人が自分は自分の職業的活動によってすべての為すべきことを果たしていると考えることを許さない。この倫理は,すべての人々がその生命の一端を人々にささげる事を願う。どのような仕方で,どのような程度に,それが彼に課せられているかは,各人がおのれのなかに生ずる思想と,おのれの人生をめぐっている運命から汲みとらなければならない。ある人の果たす犠牲は,外に対しては見えない。
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