Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
ギーソンの『パストゥール』―偉大なる脳卒中患者
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.998
発行日 2006年10月10日
Published Date 2006/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552100401
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1995年に発表されたジェラルド・L・ギーソンの『パストゥール』(長野 敬・太田英彦訳,青土社)は,それまで半ば神格化されていたパストゥールの人となりや学問的業績についての見直しを迫る意欲作であるが,そこにはパストゥール晩年の名声は,脳卒中によってもたらされた部分もあったのではないかとする見方が示されている.
1868年,多忙な研究生活を送っていた45歳のパストゥールは脳出血に倒れて意識障害に陥る.危うく一命はとりとめたものの,以後パストゥールは左半身不随という障害を抱え,会話や歩行に不自由をきたしながら生きることになるのである.もっとも最初の発作から20年ほどは安定した状態にあったが,1886年に心臓病が悪化して翌1887年には軽度の脳卒中発作に二度襲われたという.それ以降,1895年に72歳で亡くなるまで彼の健康は次第に衰えていくのだが,ギーソンはそうした状態がパストゥール神話の成立には有利に作用したのではないかと推測する.というのも,若いころは攻撃的で頑迷なところもあったパストゥールは,あまり周囲から好かれているとは言えない存在だったが,健康状態が悪化してからはそうした周囲との敵対関係も少なくなったからである.かつては恐れられた荒々しい科学の闘士も,病後は角がとれて丸くなり,「弱々しく賢い,憂欝そうな老賢者の外見」をもつようになった.「批判的だった人々もいまや慎んで沈黙を守ったし,その一方で過去にはつっけんどんで冷淡であったパストゥールも,よりやさしい感情的あるいは情緒的な一面さえ見せた.」
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