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はじめに
再生しない臓器のまさに代表例が,われわれ成体哺乳類,とくに成人の中枢神経系であろう.くしくも神経解剖学の巨星Santiago Ramön y Cajal(1906年,ノーベル医学生理学賞受賞)も,晩年の著書のなかで“Once development was ended, the fonts of growth and regeneration……dried up irrevocably.”1)と述べているように,損傷した成体哺乳類の中枢神経系は再生しないという概念が,科学者,医師,一般人を問わずいわば常識として,長年,何の疑問もなく受け入れられてきていた.この常識は,ニューロンに分裂能(細胞としての再生能)がないことと,成体中枢神経系内においては軸索再生さえできなかったことに起因するものと考えられる.しかしながら,不慮の事故で脊髄に損傷を負った患者,脳梗塞に倒れた患者,神経難病に長年苦しんでおられる患者,そしてその家族の方々にとって,「中枢神経系は再生しない」という概念は,決して「冷酷な絶対真理」ではなく,この概念がいつの日にか,科学者によるブレイクスルーによって「古い常識」となってくれるに違いないという祈り,そして期待が高まってきている.くしくもRamön y Cajalは,同上の著書のなかで,“It is for the science of the future to change, if possible, this harsh decree.”すなわち「この冷酷な絶対真理をもし変えることが可能であるとするならば,それは将来の科学である.」と述べている.Ramön y Cajalにとって未来の科学者である私達は,このブレイクスルーをどのようにしたら達成できるのであろうか?
この中枢神経系再生の鍵を握るのが,「神経幹細胞」という中枢神経系の幹細胞である.ヒトを含む哺乳類の中枢神経系は,ニューロン,アストロサイト,オリゴデンドロサイトといった多様な細胞集団から構成されている.発生過程において,多分化能と自己複製能力を有する中枢神経系の組織幹細胞である神経幹細胞から,非対称性分裂や分泌性因子を含む巧妙な細胞間相互作用の結果として,これらの多様な細胞系列に属する細胞群が生じてくる.そして,私達とその共同研究チームは,1998年にMusashi-1というマーカー分子を指標に,成人脳においても神経幹細胞様の細胞が存在することを明らかにし,その後も神経幹細胞と神経再生の問題に取り組んできた(後述)2).これまでの研究成果と現在取り組んでいる研究の手応えから,筆者は,中枢神経系の再生に向けたブレイクスルーは,中枢神経系の幹細胞生物学を基軸として,発生現象を再現させることによって達成できるものと確信している.
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