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はじめに
脊椎動物の脳は,膨大な数のニューロンとグリア(アストロサイト,オリゴデンドロサイト,ミクログリア),さらにこれらの機能を維持するために必要な血管で構成されている.ニューロンは特定の領域へと軸索を伸ばし,シナプスを形成することによって神経回路を構築している.アストロサイトは,イオン恒常性の維持,神経栄養因子の供給,神経伝達物質の代謝,血液脳関門の形成など,神経細胞の補助的役割を担っている.オリゴデンドロサイトは,神経軸索を包むミエリン鞘を形成し,神経伝達の補助的役割を担い,ミクログリアは脳内での免疫機能の役割を担っている.成体脳は,ニューロンとこれらのグリアによってその機能を果たしている.これらの神経組織の細胞は,自己複製能と多分化能をもつ神経幹細胞によって生みだされる.自己複製能と多分化能をもつ神経幹細胞は,発生初期から中期にかけて,さまざまな分化制御を受けながらニューロンを産生する.その後,発生後期から生後にかけて,アストロサイト,オリゴデンドロサイトを産生する.
一旦,ニューロンまで分化すると自己増殖できないため,「成体脳ではニューロンは生まれない」というドグマが長い間信じられてきた.そのため,成体脳が損傷を受けると,軸索再生やシナプス発芽などの脳の可塑性によって修復されると解釈されてきた.しかし,近年,胎生期だけでなく成体脳においても,海馬歯状回の顆粒細胞下層(subgranular zone;SGZ)と側脳室の脳室下帯(subventricular zone;SVZ)で神経幹細胞が存在することが齧歯類で明らかになっている1,2).さらに,ヒトにおいても側脳室周囲と海馬に神経幹細胞が存在することが示されている3,4).これらの発見により,神経幹細胞を利用して成体脳組織を修復する可能性が開かれた.
神経幹細胞の増殖・分化の仕組みや神経幹細胞が神経回路に組み入れられる仕組みが解明できれば,神経幹細胞を人工的に作りだすことや,その神経幹細胞を移植して新しい神経回路を再構築することが可能である.現在,神経幹細胞をニューロンやグリアに分化誘導し,成体中枢神経系の再生を促そうとする試みが動物実験を中心に盛んに行われている.
脳損傷によって失われた神経回路を構築するためには,失われた神経細胞を補充したり,補充した神経細胞を神経回路に組み込んで機能させたりすることが必要である.前者では,成体脳に存在する神経幹細胞の活性化や,神経幹細胞の細胞移植が必要となる.細胞移植では,胎児由来細胞,胚性幹細胞(ES細胞),人工多能性幹細胞(iPS細胞),間葉系幹細胞などから神経幹細胞を調製している.後者においては,さまざまな神経栄養因子やその関連遺伝子の導入によって,組織中に残存している神経細胞や新生した神経細胞を活性化したり,軸索伸展阻害因子を抑制して,軸索再生を促進する必要がある.これらの技術を統合的に組み合わせることで神経再生を促すことが大切である.これらの神経再生治療の研究は,高齢社会に伴い増加する虚血性脳損傷や神経変性疾患などに対する有効な治療を確立するうえで大いに期待されている.
本稿では,神経再生を促す戦略として,内在性の神経幹細胞を利用する方法と,外部から新たに神経幹細胞を補う方法(細胞移植)の2つの戦略を取り上げる.前者については虚血性脳疾患を中心に,後者については神経変性疾患を中心にそれぞれの現状を解説する.
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