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はじめに
運動失調症に対する運動療法としては,フレンケル体操や神経筋促通手技(proprioceptive neuromuscular facilitation;PNF)が一般的であり,装具療法としては,重錘負荷,弾性包帯緊縛やスプリントを用いた方法がよく用いられている.しかし,臨床経験的には対象となる障害タイプや各療法における効果の程度は一貫したものではない.また,直面する課題によってもその効果は異なることから,上記に示す療法の適応と限界については未だ明らかにされていないものと考えている.
以前にわれわれは,運動失調症21例について,装具なし,重錘負荷(前腕部,上腕部),弾性包帯緊縛(上腕部,肘関節部,前腕部),そしてスプリントの7条件を設定し,どの方法が上肢の運動失調症状をもっとも軽減できるのかについて比較検討した1).
効果判定には平面的要素の書字課題(線引き)と空間的要素の食事動作(スプーン操作)を選択した.線引き課題では画像処理・解析ソフトであるNIH imageを用いて,被験者が引いた線が検査用紙に書かれた線引きの指標となる線から,どれだけはみだしているのかを面積として算出し,スプーン操作課題ではスプーン操作にかかる所要時間を測定し,比較検討した.その結果,線引き課題においては弾性包帯の前腕部緊縛とスプリントがもっとも効果的であり,スプーン課題では条件間での有意差は認められなかった.つまり,装具療法の効果は課題の特性によって異なり,線引き課題のような平面的要素を特徴とする場合には弾性包帯前腕装着かスプリントがより効果的であることが明らかとなった.
しかし,これらの結果がすべてのタイプの運動失調症に当てはまるかどうかは疑問であった.実際,同じ運動失調症であっても,小脳障害タイプの場合と脳幹部(橋や中脳)障害タイプの場合とでは病態は異なり,上肢に出現する不随意運動(振戦)も表現上は異なるように思われる.具体的には小脳を病巣とする場合には病巣と同側上肢に主な症状が出現し,筋緊張低下,眼球運動障害を伴うことが多く,振戦の周波数は低く,振幅の大きい“ゆるやかな”企図振戦であることが多い.また,大江2)は,橋や中脳には錘体路をはじめとするさまざまな連絡線維が存在するために,病態は運動失調症状だけではなく,脳病巣と反対側上下肢に片麻痺を呈することがあると述べている.病巣によっては同一側上肢に運動失調症状と片麻痺が併存するataxic-hemiparesis(AH)やそれに類似した症状が出現する.この場合,筋緊張は低下せずに,むしろ痙縮や痙固縮を伴い緊張が高い状態となる場合もあり,振戦は周波数が高く,振幅の小さい“小刻みな”振戦を呈する場合がある.
このように異なるタイプの運動失調症を比較した場合には,線引き課題時における弾性包帯緊縛とスプリントの効果に差が認められないのか,弾性包帯とスプリントを同時に装着する複合装着を試みた場合,それぞれを単独で用いる場合と比べて効果が異なるのか,などが当面の課題であると考えられた.
今回,運動失調症について,脳幹を病巣とし,“小刻みな”振戦を呈するAH群と,小脳を主病巣とする“ゆるやかな”振戦を呈する小脳失調群とに分け,健常対照群を加えた3群間において,線引き課題時における装具療法の効果を比較検討した.
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