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私のターニングポイントは『理学療法士』という肩書きを手放したときです.それは大学卒業後に就職した大阪府立病院(現・大阪急性期・総合医療センター)で過ごした歳月の終点であり,国内外を行き来する生活の始まりでもありました.
病院勤務時代,朝から夜遅くまで働き学ぶ日々は苦しくもありましたが,楽しさや充実感があり,「わが人生=理学療法」と言っても過言でないほど理学療法に没頭していました.そんな私が私的な理由から退職して日本を離れ,『理学療法士である私』は『ただの私』になりました.以降,「理学療法士という肩書きがない自分に何が残るのか」,「自分は何をしたらよいのか」,「日本に帰ったときに理学療法ができるのか」などと悩み,せっかくのゆとりある時間を有効活用できずにいました.さらに,今までは常識だと思っていた考えや判断基準,行動が海外(特に米国)では通用せず,『ただの私』だと思っていた私は実は『日本人』という肩書きをもっていることに気づかされました.何が正しく何が間違いか混乱し,自身の弱さを痛感する日々….思い描いていたものとは異なる海外生活の始まりでしたが,しばらくして転機が訪れました.幸いにも日本滞在時に理学療法士として働ける職場に出会うことができたのです.また海外生活にも少しずつ慣れ,自分がやりたいことや方向性が定まっていくなかで,『理学療法士でない私』を受け入れるようになりました.そして,『理学療法士でない私』がヒトやヒトの動きを見たときに,これまで見えなかったものが見えるようになりました.動きと文化や風土の関係,日本人ならではの価値観や動き,世界に共通する人としての悩みや動きの特徴などがそうです.また,国内外を行き来する生活を始めて3〜4年が経過した頃だったでしょうか,「学ぶ心さえあれば万物が師である」という言葉に出会い,私に必要なのは肩書きではなくこの言葉が示す姿勢だと確信しました.そして,この言葉とともに海外(米国,ニューメキシコ州)に身を置くと,自然,野生動物,愛犬,日々の暮らし,あらゆるものから気づきや学びを得,さらにそれらを自分のなかで理学療法につなげていくことができるようになりました.
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