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はじめに
近年の分子生物学の隆盛によって生物の発生・分化の理解が深まり,さまざまな疾患の病態が理解されるようになりつつある.疾患の病態研究をしている多くの人は,そこで培われた技術を直接治療に応用できないかと考えることであろう.旧来の化合物のみならず,生体のタンパクや抗体,核酸を用いて失われた身体機能を再生させようとする創薬研究,そして細胞を体外で操作し,目的の細胞や組織を作出して治療に応用しようとする(狭義の)再生医療研究が世界中で行われ,その競争は年々熾烈になっている.日本では文部科学省の委託事業「再生医療の実現化プロジェクト(第一期:2003〜2007年)」などで戦略的研究が実施されてきたが,2007年のヒトiPS細胞(induced pluripotent stem cell)樹立法の開発を受けて,主にiPS細胞をソースとした研究が「再生医療の実現化プロジェクト(第二期:2008〜2012年)」で展開され,現在も「再生医療実現拠点ネットワークプログラム(2013年〜)」を中心にiPS細胞の臨床応用をめざした研究が各領域で続いている.2014年には理化学研究所・先端医療センター病院での臨床試験にて,滲出型加齢黄斑変性症患者にiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞が移植され,iPS細胞の人体初の移植としてさらなる注目を集めている.
運動器領域では,上記のような細胞を用いた再生医療が考案されるよりはるか以前から,人工材料を用いて身体機能を代替する工夫がされてきた.整形外科では末期の変形性関節症などに対して人工関節置換術を盛んに行っており,症例数の多い膝関節や股関節では特に安定した成績が得られている.その研究の源流は100年以上前にさかのぼり,現在の主流デザインの原型も1970年代には登場していた.インプラントの破損,緩み,摺動面の磨耗など多くの問題があったが,形状や素材,手術手技の改良などによって現在も長期成績の改善が続いている.
骨折治療や脊椎固定術では腸骨などから採取した自家骨を移植することも多いが,外傷や腫瘍などで生じる大きな骨欠損に対しては自家骨だけでは対応できない場合もあり,同種骨移植などが行われる.同種骨移植の始まりも古く,19世紀末にさかのぼる.海外では遺体由来の人工骨が広く用いられており,国内でも同種骨を運用する骨バンクがあるが,遺体由来の同種骨はまだ広くは普及しておらず,大腿骨頸部骨折の人工骨頭置換術などで発生する大腿骨頭・頸部などを,長期冷凍保存,温熱処理などを経て各施設で使用するのが一般的である.またハイドロキシアパタイト,βリン酸三カルシウムを材料とする人工骨も開発され,1980年代に実用化されている.同種骨も人工骨も,細胞ではなく骨の構造物を移植するものである.これらは骨の支持機能を一時的に補いつつ,骨芽細胞など骨の構成細胞に足場を提供し,長期経過のなかで自己組織化することを期待する治療法であり,細胞の増殖,遊走が旺盛な骨組織ならではの方法である.
このように,失われた身体機能を再生させるものを広義の再生医療とするなら,運動器領域は古くから再生医療のパイオニアであったといえる.
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