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日々の生活は「迷い」だらけです.プライベートも仕事もこれでよいのか,と悩みは尽きません.論語では「四十にして惑わず」(人生の方向が定まって迷わなくなる年)と言いますが,まだその境地には達していません.しかし,年を重ねながら生きやすくなっているように感じています.20代,病院に勤務していたころの話.最寄り駅からバスに乗る際,席には限りがあるので改札を出たらダッシュし,バス停に走らないと座れません.われ先にと殺気だった雰囲気がとても嫌で,私は走らないことにしていたのですが,当然いつも座れず後悔してばかり.このような他愛もないことに朝から神経を擦り減らしていました.自分で選択したはずの結果なのに人を羨み,フツフツしていました.今,またその状況に置かれたら,同じように走りませんが,「私は私だからいいんだ」と選択に後悔しなくなったと思います.
迷ったら,私はその行動が「美しいか,美しくないか」「心地よいかどうか」で考えます.仕事,友人関係,食べるもの,着るもの,今行っていることを続けるか,やめるか……小さなことから大きなことまで「美しいほう」「心地よいほう」を選ぶ.例えば,自分の仕事を進めるには有利だが,それをしたら他人が困ることが想定される仕事をすることは「美しくないから=やらない」.義理で人に会わなければならないが,気持ちは行きたくない場合には「心地よいほう=行かない」.できる限り自分の心が望むほうを選択するよう心掛けています.迷っているときには,これをしたら他人はどう見るか,常識的にどちらが正しいか,どちらが得か損か,どちらが楽か大変か,など目先のことにとらわれてしまうから判断がブレることが多くなるようです.一般的に見たら「火中の栗を拾う」ような不利なことであったとしても,自分基準で考えた選択であれば,その後は後悔しないで(あっても少なく)いられます.
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