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はじめに—認知行動療法の歴史的背景
認知療法・認知行動療法(以下,認知行動療法)とは,認知のあり方に働きかけて情緒状態を変化させることを目的とした短期の構造化された精神療法であり,うつ病やパニック障害をはじめとする精神疾患の治療に効果的であることが明らかにされているだけでなく,身体疾患に伴う心理的負荷や日常のストレスを緩和するアプローチとしても有用であることが示されている1〜3).
認知行動療法の基礎となる考え方である,人間が現実世界をありのままにではなくその人なりのフィルターを通して受け取っているという考え方は,ギリシア時代のストア学派がすでに指摘していることである.私たちはそれぞれ,自分を取り巻く世界からの情報を,そして自分の内部から発せられる刺激を選択的に知覚し,必要な場合には,過去の記憶も参考にしながら判断を下し,将来を予測する.またこの体験は,短期記憶として,さらには長期記憶として保存され,必要に応じて呼び出されることになる.
こうした情報処理は,通常はほとんど意識されることなく適応的に行われているが,精神的に不調になると,それが思うように進まなくなる.そのことに注目したのが認知行動療法の創始者のBeck, A. T. である.うつ病の患者は,「集中できないし,物覚えも悪くなった.だから自分はダメな人間だ」(自分に対する否定的な考え),「自分は何一つおもしろい話もできなくて,こんな人間とつきあいたいと思う人なんていないだろう」(周囲に対する否定的な考え),「このつらい気持ちは一生続いて絶対に楽になんてならない」(将来に対する否定的な考え)といった考えに支配されている.この自己,世界(周囲),将来の3領域における悲観的な認知を,Beck, A. T. は,抑うつ状態に特徴的な否定的認知の3徴候(negative cognitive triad)と呼び,このように歪曲された認知過程/思考過程(distorted cognition/thinking)に注目することによって精神疾患の治療が効果的に行えることを明らかにした.
Beck, A. T. は,患者が自分の意識のなかにつくり出している患者なりの現実に焦点をあてて,それを修正することで抑うつ患者を治療することを考えた.そして,これまでの伝統的な治療法の長所を巧みに取り入れて統合的精神療法に仕上げていった.
例えば,患者の状態像を現象的に把握し,問題点を整理する場合には,伝統的な精神神経医学の記述論的視点を重視する.治療関係を形成し,維持していくうえでは,Rogersのクライエント中心療法などいわゆるヒューマニスティックな態度をとる.つまり,患者の持っている力を信じ,患者のありのままを温かく取り入れるのである.さらに,認知の歪みを同定し修正していく段階では,精神分析的な手法を用いる.特に,前意識(もしくは無意識)を意識化することによって患者の自分自身に対する理解を深めるいわゆる「局所論モデル」や,繰り返される特徴的な行動に焦点をあてて心的理解を深める「反復強迫」などの概念が認知行動療法モデルに影響を与えている.また,抑うつ患者の引きこもり傾向を,行動を通して打破していく段階では,さまざまな行動療法技法が用いられる.例えばそれは,段階的な行動課題の設定(graded task assignment)や日常の行動計画(daily activity schedule),系統的脱感作,漸進的弛緩法などである.
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