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1.序論
米国においては,労働に起因する疾病や傷害により,1日に150人以上が死亡し,更に9,000人の労働者が障害をもつ状態になっている2).そうした人々に対する医療やそれに付随する費用および生産性の低下などを含めた損失の合計は,米国のみでも,1,120億ドルに達する.労働に起因する疾病や傷害についての統計は,高度に工業化されている日本のような国でも,ほぼ同様であると思われる.これらの損失については,教育の徹底,人間工学的な介入,および予防的な医療プログラムなどの手段により,かなり縮小が可能である.労働傷害の発生を減らすことに加えて.包括的な労働安全の確立によって,より高い生産性と製品の高質化が実現するなど,経済的にも有益な手段になることは既に知られている3-5).
理学療法士は,リハビリテーション医療の重要なメンバーとして認知されており,神経・筋骨格系に障害をもつ個人の機能獲得あるいは機能再建を助ける臨床での専門家である.近年,理学療法の対象は,伝統的な医療の領域だけでなく,家庭・学校および労働環境も含めたより広い領域でのリハビリテーションおよび予防プログラムにまで広がってきている.実際に,個々人が家庭・学校および労働環境のなかで毎日費やしている時間の長さ,個々人の社会的価値が学校の成績や労働環境下での能力で決められてくるという事実を考慮すれば,理学療法が病院医療の枠を超えて広がりをみせているのは極めて自然なことである.
労働傷害に伴う障害は,作業効率の低下,産業および医療に関わる費用の増加,個々人の自尊心の喪失,その人の社会的価値の低下など様々な影響をもたらすことになる,理学療法士は,そうした傷害を防ぐために,労働環境下でのリハビリテーションと予防プログラムに深く関わり,そのための教育を受けるようになってきている.本稿の目的は,労働環境における理学療法士の役割について論じつつ,そこでの理学療法について述べ,更に理学療法士が遭遇するであろう労働傷害に伴う筋骨格系の機能障害に関する人間工学的な考え方について述べることである.
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