あんてな
山陰運動療法研究会の10年の歩み
矢倉 誠人
1
1山陰労災病院リハビリテーション科
pp.300-301
発行日 1997年4月15日
Published Date 1997/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1551104766
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Ⅰ.はじめに
山陰といえば知らない人が多いでしょう,出雲大社,松江が島根県.砂丘,大山が鳥取県です.日本海に画し国道9号線が両県を縦断します.山陰には多くの温泉が湧き,海や鮮魚,山の緑といった自然が沢山あります.そして隠岐の民謡にも歌われるように人情あふれるところです.人間像はおとなしく,同調する,反応が少ない,これを別名「山陰シンドローム」といいます.
山陰両県の理学法士会はそれぞれ活動していますが,療法士がきちんと知識や技術を身につけ,患者に治療・指導したいという純粋な気持ちが始まりです.自分自身が理学療法に対して消化不良を起こしていたそんなとき,副会長である松江赤十字病院の角博行氏が山陰に運動療法の研究会を作ろうともちかけ,鳥取県と島根県の理学・作業療法士30数名が中心となって理学療法の研修および研究,親睦を目的に自然発生的に生まれた会です.
山陰の地は情報が少なく刺激も少ないといわれます,これは私を含めた先輩が情報を受けたり,また,発信する情報網を作ってこなかったためです.社会に飛びだし,前途洋々と希望に燃え臨床に身を置いたものの,こんなはずではなかったと思いつつ,忙しさについ流されてしまう自分に焦りや乾きを感じ,ジレンマに陥っている療法士が多くいます.
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