理学療法草創期の証言
初期理学療法教育あれこれ
山下 隆昭
1
1兵庫県立総合リハビリテーションセンター
pp.767
発行日 1994年11月15日
Published Date 1994/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1551104130
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東京オリンピックのころ,地元紙である神戸新聞で「青い鳥シリーズ」として福祉分野の特集が連載された.その中に兵庫県の更生指導所が紹介され,現在の理学療法士の仕事に近い内容が載った.興味があったので,記事で紹介された国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院に手紙を書き資料を取り寄せたのがリハビリテーション学院との最初の接点であった.
1965年春,受験のため上京し国立公衆衛生院での一次試験に首尾良く合格したのだが,清瀬の学院に場所を変えての二次試験に参加して驚いた.大きな目の外国人女性が英語で質問してくるのである.あとでわかったのだが,この女性が学生から鬼のように恐れられていたConine先生であった.先生は日本における理学療法士教育の生みの親である.
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